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大阪高等裁判所 平成6年(く)30号 決定

少年 I・A(昭和49.4.12生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人弁護士○○作成の抗告申立書記載のとおりであり、その要旨は、〈1〉原決定は処遇理由の重要な要素として少年を覚せい剤の「売人」と認定しているが、右事実は原裁判所が他の少年事件の審判を通じてたまたま得たその少年らの供述に基づき、本件少年が強く否認しているにもかかわらず、十分な弁解の機会を与えずに認定し、処分結果に不平等を生じさせたものであるから、証拠の採否につき憲法31条、14条違反があり、〈2〉原決定には、少年を覚せい剤の「売人」と認定した点及び少年の監護と雇用を引き受けたA氏を社会資源として十分でないと判断した点で重大な事実の誤認があり、〈3〉原決定は、少年の生い立ちにとらわれすぎて現在の真の姿を十分に把握せず、証拠上十分に証明されたとはいえない覚せい剤事案を根拠にして、もはや施設内矯正しかないと判断したもので、その処分は著しく不当である、というものである。

そこで、記録を調査して検討する。

1  法令違反の主張について

原決定は、少年が平成5年中にB子、C子に対し、20回くらいにわたり、時には現金の授受を伴う形で、覚せい剤を譲渡した事実を推認しているが(少年が営利目的で継続的に覚せい剤を密売する、いわゆる「売人」であったとまでは認定していない。)、右事実は要保護性に関する事実である上、調査及び審判の過程で少年に問いただし十分弁解の機会を与えていることが認められるのであって、右事実の認定手続に違法不当のかどはなく、論旨は理由がない。

2  事実誤認の主張について

原決定が、その挙示するB子及びC子の検察官及び警察官に対する各供述調書等を総合して前記覚せい剤譲渡の事実を認定したことは相当であって、その認定理由として「処遇理由」中に説明するところも肯認することができるのであり、また、社会資源のような要保護性の基礎事実の誤認は少年法32条の「重大な事実の誤認」には当たらず、処分の当不当を判断する際にそれに必要な限度で判断すれば足りると解すべきであるが、なお、右主張に沿って判断してみても、少年調査票及び審判調書によれば、Aの経歴、事業内容、少年引き取りの積極的意思等が調査及び審判の過程で確認されていることが認められ、原決定はそれらの事情を最大限考慮した旨判示しているのであって、原裁判官が社会資源としてのAについて正確な認識を欠いていたと認めうる事情は存在せず、所論はいずれも失当というべきである。

3  処分不当の主張について

原決定が処遇の理由として説示するところにより(なお、所論は、原決定が前記覚せい剤譲渡の事実を処遇理由の「重要な要素」あるいは「最大の拠り所」にしたというが、原決定は少年の要保護性の程度を判断するにあたって右事実を重視していない。)、少年を特別少年院に送致したのは相当と考えられ、少年の更生への意思や前記社会資源の存在等所論の諸事情を十分考慮しても、原決定の処分が、少年の要保護性についての判断を誤った著しく不当なものであるとは考えられない。

よって、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項後段、少年審判規則50条によって主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 裁判官 寺田幸雄)

〔参考1〕 原審(大阪家平6(少)307号、平6.2.18決定)〈省略〉

〔参考2〕 抗告申立書

抗告申立書

少年I・A

右少年にかかる大阪家庭裁判所平成6年(少)第307号窃盗保護事件について、平成6年2月18日、「少年を特別少年院に送致する」旨の決定が下されたが、この決定については不服であるので、以下の理由により抗告を申立てる。

平成6年3月1日

申立人附添人

弁護士○○

大阪高等裁判所 御中

抗告の趣旨

原決定には、決定に影響を及ぼす法令違反、重大な事実誤認、処分の著しい不当があるので、原決定の取消を求める。

抗告の理由

第1法令違反

1 本件は、原決定にもあるとおり偶発的で軽微なものであり、その動機についても、同棲中の女性のひも的存在である現状から脱しようと、就職活動などをしていたもののこれがうまく行かず、焦りや心理的葛藤から犯行を思い付いたというものである。

もし、少年のそばに信頼できる人物が存在すれば、このような犯行に至らなかったものといえるもので、附添人としても非常に残念な結果であると思料するものである。

ところで、原決定は今般少年を特別少年院に送致するにあたり、その重要な要素として、他の少年の覚醒剤事件のなかで、同少年が本件少年から覚醒剤を譲り受けたと供述していることから、本件少年が覚醒剤の売人であると認定し、その非行可化が進行しているものと認定している。

しかし、少年は審判廷において、自己使用の事実は認めるものの、右譲渡の事実については、頑なに否認しているところである。

覚醒剤の自己使用についても、このままでは自分が立ち直れなくなるものと考え、自発的にこれを絶ち、現在の少年には薬物の影響は感じられず、また、同棲中の女性との将来の生活を重視している少年が再び薬物に身を委ねることも一切考えられないものである。

一方、少年は、附添人から、今回の審判においては、過去の自分の行状すべてが裁かれるものであることからたとえ自己に不利なことでも、全て話すように説得され、覚醒剤の自己使用の事実については素直に供述していた。

しかし、譲渡の事実については、一切自分は関与していないと附添人にも強くこれを否定していたものである。

少年の事件においては、確かに、少年の健会育成という観点から、広く少年に関する事情などを取得し、少年にとってどのような処分が適切であるかを判断することは必要であることは、附添人も理解しうる。

そのため、刑事事件より緩やかに証拠採用が認められているが、少年が否認している事実につき、十分な弁解の機会を与えずに、処遇を決する重要な事実として認定することはデュープロセスに反するものであり、少年の司法に対する信頼も得られないものといえる。

なお、附添人がこの覚醒剤事案を知ったのは、審判の間際であり、少年のために十分な事実調査をする余裕もなかったことは事実である。

審判廷において、裁判所は強く否認する少年に対し、右事件の少女らが虚偽を申し述べるはずはないと説得し、仮に虚偽の事実を述べているとすればその理由は何かを少年に問いただしていた。

しかし、少年にその理由が分かるはずはない。

一般に、覚醒剤事案において、覚醒剤の譲渡先や譲受先について、明確な供述を拒み、また、真の関与者を庇うため、行方の知れない者の名を挙げたりすることは、しばしば見られるものである。

このことからも、覚醒剤事案においては、入手経路等については慎重に判断されなければならないにもかかわらず、少女らの供述だけから、事実を認定することは正に片手落ちといわざるを得ない。

そもそも、裁判所がたまたま知った事実を最大の拠り所として、少年の処遇を決定することは、少年の処分結果に不平等を生じさせるもので違法といわざるをえない。

以上のとおりであるから、本件審判においては、証拠の採否につき憲法31条、同14条違反があり、それらは、原決定に影響を及ぼすものである。

第2重大な事実誤認

1 右のとおり、原決定は少年が覚醒剤の売人であると認定しているが、その認定には合理性はなく、そもそも事実に反するものであり、その事実から少年が社会内処遇に適さないと判断した原決定には、重大な事実誤認がある。

2 原決定は、社会資源の存在を認定しながら、あえて、矯正施設での処分が必要であるという。

しかし、少年は、同棲中の女性と出会い、将来結婚することを夢見、今回自分の行為によってそれが実現されなくなるのではないかと恐れ、また深くの自己の軽率な行為を反省している。

いままでの少年の非行歴を見ると少年は粗暴な行為を繰り返していたことが窺われる。

ところが、今回少年は、恐喝等の行為にでることはなく、人を傷つけることは全く考えなかった。

このことは、少年の中に規範意識が芽生え、同棲中の女性の存在が少年に対し心理的抑制を与えていることを示しているものといえる。

少年は、施設の中では問題行動を起こしていない。このことは、施設ではうまく振る舞いながら、社会内では自己抑制が十分になされていないことを示している。

それ故、今少年に必要なのは社会内即ち自由の中で自己抑制しうるような処遇をしなければならない。

今回、附添人は引受人として少年の監護・雇用をA氏に依頼することができた。同人は自身も以前矯正処分を受けたことがあり、今は更生したことから、少年にたいしても、自分ができたことから少年にも可能であるはずであるといい、積極的に少年の更生に協力する旨を表明している。

このような人物が存在するにもかかわらず、同人の申し出を過少評価し、同人のもとでは十分でないと判断しているもので、社会資源について事実誤認があるものといえる。

さらに付言すれば、この不況期において、本件のような少年の就職を受け入れるところは簡単には見付けられない。また、A氏にしても、今の時期であるからこそ雇用を約しているものであり、今後の経済情勢によっては少年が少年院から出たときに確実にA氏が雇い入れるか否かについては不確定と言わざるをえない。

とすれば、少年の社会復帰の途は閉ざされるものである。

原決定は、社会資源の評価についても重大な事実誤認をしているものである。

第3処分の不当

右にも述べたとおり、少年は自分自身現状から抜け出そうとしている。

特に、同棲中の女性の存在が少年の心理に大きく作用しているところであり、その効果は、少年の更生にとって非常に大きなものといえる。

原決定は、過去の少年の生い立ちにあまりにも目をとらわれすぎ、少年の現在の真の姿を十分に把握していない。

少年を取り巻く環境を考えると、少年は十分に社会内で処遇できるものであり、今、少年を特別少年院に送致しなければならない積極的な理由は見いだしがたい。

なお、少年は以前保護観察になった際には保護司のもとへ出向いていない。しかし、もし、今回保護観察の処分となった場合は、必ず、その指導に従うことを約している。

今までの少年の言動からすれば、俄かにこれを信用できないとの判断も理解し得るが、今の少年にとっては、同棲中の女性を何とか自分なりに幸せにしたいと切望しており、保護観察を無事終了しなければ、いつまでも過去の自分を引きずり、到底彼女を幸せに出来ないと考えている。

過去に組事務所に出入りしたり、その組員に誘われ覚醒剤を使用したことがあったとしても、その当時の少年と現在の少年では少年自身の内面はもちろんそれを取り巻く環境は大いに異なるのである。

具体的には、当時の少年は自己顕示欲が強く、他人の前で粗暴な行為を繰り返し、一方で他人に誘われると前後の見境なくフラフラとついて行くような、将来についてのしっかりした考えもなく、主体性の感じられない生活を送っていた。

しかし、今は何とか自分なりの生活設計を立てようとしており、自分自身を見つめ直そうとしてる。

そして、A氏が少年の監護、雇用を申し出ている状況を考慮すれば、今こそ、少年を社会内で処遇し、その更生の機会を与えるべきである。

にもかかわらず、原決定は、証拠上十分に証明されたとは言えない覚醒剤事案を根拠にもはや施設内矯正しかないと判断するもので、原決定の処分は不当なものである。

第4結論

以上のとおり、原決定はいかなる意味においても違法、不当であり取り消されるべきである。

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